大切に残して!長距離戦
唯一の「古馬の長距離G1」 天皇賞(春)
距離短縮の噂をくぐり抜け、 今年も3200mの天皇賞がやってきますね。 これは日本で最も強い馬が勝つレースです。 この場合の「強い」とは、「速い」の同義ではありません。 速さだけでなく、精神的な賢さ、持久力など、 総合的な強さが求められます。 「素質は有るが、気性で問題がある」 「速さは有るが、耐久力に欠ける」 ・・なんていう偏った強さの馬では、 この天皇賞(春)では決して勝つことはありません。
この天皇賞(春)は、しばしば距離短縮を求める声がありますね。 その理由の多くは、 「出走頭数の貧弱さ」「出走馬の貧弱さ」です。 中には「JRAの売り上げが下がっている現状で。。。」などと 何ともお節介なファンまで居たりして (^^; とにかく興行面、馬券を買うファンという立場からすれば、 出走馬の揃いやすい中距離(2400m以下)にしろという気持ちは 同じ馬券を買うファンの私としても、気持ちだけは判るんです。
二度と還らない血統
もしも、唯一の長距離G1が消滅すれば、 それは日本の競馬から、 細々とながら残っていた長距離の競馬を 完全に抹殺することになります。 「天皇賞の3200が消滅するとき」とは、 JRAが、今後は1200〜2400という範囲で競馬を行う と宣言したに等しく、 そうなれば、当然のことながら、菊花賞も距離変更という流れになります。 だって、数の多い古馬G1が、 最長距離でも有馬記念の2500mとなれば、 クラシックG1で 3000mの競走を行う意味は無くなるでしょう? 当然、中長距離種牡馬の価値は、より一層 下落するし、 もっと深刻なのは、 長距離適性の競走馬の生き残る道が閉ざされるわけです。 すなわち日本から、長距離血統は消えていくことは必至です。 一時の価値判断で、脈々と残してきた血統を、 我々の世代で葬ることになるわけです。
長距離戦が存在しないのに、長距離血統は要らないじゃないか。 そういう考えもあると思う。 けど、私は違う意見です。 長距離血統は、長期的には、必要だと思います。 血統的に危機的な局面で、必要となるときが来ると思うんです。 近代競馬が スピードとスタミナの双方を求める、 マイル(1600m)〜ミドルディスタンス(2000m)という距離を中心に据えるとするならば、 一方に、、スピードの世界、スプリンター(1200m)、 そしてもう一方には、スタミナの世界、ステイヤー(3200m)という 両端の素質が血統として必要です。
今の血統論の問題については、別の機会に譲るとして、 本気で血統を勉強しよう、血統で競馬を攻略しようという方の為に できるだけ判りやすく、私なりに考えを書きたいと思います。 遺伝子は、身体を作る設計図です。 そこには、実に細かい部品の設計図から、それを作るときに使う道具の設計図までが描かれています。 一つ一つの骨の長さだとか、筋肉を作る物質の構造だとか、細々と決めているんです。 そして、遺伝子には、好ましくないものも含まれて居ます。 たとえば、癌を作りやすいものであったり、脚を曲げて作ってしまうものだったり。 この遺伝子の中の、一つ一つ部品の設計図がうまく融合して 競走馬として或る優れた形を作り上げたとき、 そこに名馬が生まれます。 (生まれるだけで、それが認知されるかどうかは、調教や騎手や運による)
サンデーサイレンス遺伝子など存在しない
たとえば、サンデーサイレンス。 べつに、あの馬が、 サンデーサイレンス遺伝子なるものを新たに作ったわけではないし、 サンデーサイレンス遺伝子というカタマリが親に存在したわけでもない。 父親からの遺伝子と、母親からの遺伝子が、出会い、、 その双方を組み合わせたとき その設計図の内容が、素晴らしいものであった。 それがサンデーサイレンスです、それが遺伝の世界です。 では、なぜサンデーサイレンスが、日本で血統革命を起こしたのか? これには、幾つかの説明が要ることになります。 まず、父と母から遺伝を受け継ぐということで、 単純に考えれば、名馬の半分の設計図は保障されています。 確率的に名馬となる率は高くなります。 その設計図の内容は、何なのか? 私は、よく判りませんが、 それは体力の限界まで発揮する勝負根性であったり、 筋肉の質であったり、体型であったりするでしょう。 ただし、名馬になるかどうかは、 まずは掛け合わせの偶然の巡り合わせが必要です。 同じ父母だからといって、同じ遺伝子(とその発現)の子供が生まれるわけじゃありません。 人間だって、兄弟で似ているところもあれば、性格も体格も違いもあるでしょう? 単純な話です。 極端な話、近親交配を重ねて、 サンデーサイレンスの血を究極に高めても、 それは「無意味に集めた、部品の設計図の束」にすぎず、 「名馬を作る部品が揃った」ということとは、意味が違うのです。 サンデーサイレンスの持っていた部品の数々の設計図はあっても、 サンデーサイレンスという馬を作る遺伝子があるわけじゃない。 サンデーサイレンスの精子から手に入れられるのは、 「中身はお楽しみ 遺伝子半分セット」なのです。 ま、半分でも、これほどの馬なら、 お買い得ということなんですね。 同じ名馬は、二度と作れない。 だから、 つねに新たな名馬を作り続けねばならない。
血統にトレンドなどという言い訳
競馬が変化したわけでもないのに、 トレンドだとかいって、血統の趨勢を説明するという 実に奇怪なことが、普通に語られています。 素直になればなるほど、これって変ですよね。 この血統の浮き沈み、実は人間の思い込み効果だと思うんです。 新血統や話題の血統が、何故走るか? それは、その血統の馬に関わる人たちの態度の差なんです。 名血ほど、丁寧に世話をされて、丹念に調教されます。 人間の側に意識が無いとしても、無意識というものは恐いものです。 馬は素質と手間で名馬になるのです。 いや、これは人間でも同じ。 心理学の実験でも、 えこひいきされた生徒ほど勉強が上達する という現象が確かめられています。 馬となれば、なおのこと。 素質と手間は充分にあるのですから、よく走ります。 逆に言えば、賞賛の嵐の話題の血統といえど、 ありふれた血統になって、普通の世話を施されるようになれば、 それなりの血統に早変わりです。 本当に馬を知っている人なら、血統の名前だけでは左右されないでしょう。 一流血統だろうが、3流血統だろうが、 名馬を見出し、そして丹念に調教を施し、 新たな名馬の血統の端緒を作ることでしょう。
長距離血統が、マイル競馬の危機を救うときが来る
相当長い話になってしまいましたね。 他にも「初仔は走る?」とか、「クロスは効果あるのか?」など 話題にしたいネタはあるのですが、 とにかく、私が血統をどう考えているかは、少しばかり書けたかな、と。 で、ここで話を、ぐっと戻すと、 だからこそ、多様な競馬をもとめられるマイルで、 スタミナを作る遺伝子を研ぎ澄ます長距離血統の精錬作業は必要なのです。 それが長距離戦の意義です。 短中距離戦で栄える競馬で、将来血統的に行き詰るときが来る。 スピードを作る筋肉と、短距離向きの気性の、血が濃くなって、 競走馬の多様性とバランスを失うときが来る。 そのとき、中長距離血統が、その特効薬となるでしょう。 それは血統のトレンドという怪しげな説得力の無い説明が付けられるのでしょうが、 その本質は、 失われた競走馬のバランスが回復する、 大事なプログラムの欠陥部分に、フォローパッチプログラムで修正する。 そのときが、長距離馬血統の大切さが見直されるときなのだと思います。
そしてついでに言えば、 長距離を戦う馬体を作る調教方法という技術の継承も 失うには惜しいものです。 JRAは、ただの営利機関ではありません。 馬の文化、競馬の調教管理技術、など大切な文化の保存機関です。 このJRAの運営方針は、すぐに、 日本競馬の構造・血統の歴史に、大きく影響をきたします。 「出走頭数が足りないから、距離を縮めろ」という気持ちは判るのですが、 ちょっと大きな心で長い目で、長距離戦そして障害戦を見守ってあげてください。 できれば、長距離戦を盛り上げる方法を考えてみてください。 長距離は長距離にしかない面白さがあって、 無くすには惜しいレースなんですよ〜。
